ポルトガルより愛を込めて702

トイレの神様をネットのPVで聞いてみた。
すごく、軽く心地よいリズムで、超美人の女の子が歌っているのにしては、歌詞は重いというか切実な家族愛のテーマであり、当方には、正直なところ、子供たちの顔を思い浮かべて、どうしていいか、自分が何をすべきかを、考えさせられました。
小説もそうですし、歌謡曲も、極端に言うと美術、芸術の類は何でもテーマを捉えられたら、それを共感できたら、きっと当方くらいの人生経験なら、ほとんど理解できるのでしょうね。
特に、家族愛みたいなテーマは得意中の得意なんでしょうね?
熊本の3歳児の殺人事件なんて、当方からすれば、犯人は死刑しかも電気椅子なんて生易しいものじゃなく、彼の両親も含めて、生涯を悔いるようなプログラムを経て、この辺で死をもって解放してやるのが、関係者としても許せるというくらいの反省を促せる過酷な過程を経てから、反省の念を持ってから、この世を去って欲しいと思えるような感じです。
家にも宇宙で一番可愛いい同じくらいの年頃の娘がいるので、犯人に対するご両親の憎しみは、理解できます。
その一方で、うちにも息子がいて、犯人の両親にも同情と言うより憐れみの気持ちを感じます。
いろいろなことがあったのでしょうし、ご両親の及ばない、子供の内心に起こる衝動(変態的だとしても、異常だとしても)を親がどこまで把握できるのか、抑制できるのかと言ったら、当方が同じ世代の頃のことを考えれば、容易に想像できて、親に相談なんてしないし、自分の異常性を悶々としながら、犯罪に踏み出さずに我慢というか、とどまっていたことも覚えているだけに、時間が解決するのを待って、大人になったような感じなので、犯行に及んでしまった子供の責任以上には、その親を攻めるのはナンセンスだとも思っています。
こういう性癖みたいなことがらや、精神異常のようなことは、日本では正面から議論されず、むしろ隠され、事件でも未遂でも、教育でも、矯正プログラムでも、公にはされてこなかったように思います。
少年院でも、刑務所でも実態を公開してこなかったように思います。
それが、いいかどうかは、別として、ポルトガル(欧州か、世界的な番組かは、定かではないし、英語です)では、刑務所の実態や矯正プログラムの存在を放映しており、言葉の問題もあり、詳細は分かりませんが、正直なところ、彼らが、やはり、まっとうな人生を歩めた場合に、社会的にどれほど、有益だったのに、彼らを電気椅子や終身刑に送るようなことにしてしまったことの責任が社会にもあるような論評だったように思えます。
前原外相を辞任に追い込んでも、正直なところ日本経済が何が変わるのか?例え管首相が辞任したとして、日本経済の進む道が大きく変わるとは思えません。
これは、上記の事件を通してのものと同じです。
今の日本では、熊本の変態大学生は、死刑になんてならないんです。結果的には、遺族の気持ちを逆なでするだけの判決がでるのです。
種々の経済対策があるのでしょうが、日本は、まだまだ、ポルトガルに比べたら切迫感もないし、普通に出来ることなんて、正直言って、遠い将来の日本には、届かないような短期的アイデアと対策でしかないので、これを本当に将来(少なくとも子供たちの世代)まで考慮して今できることは何かを進められるリーダ^に出てきて欲しいものです。
これは、政府だけでなく、うちの会社でも同じです。
そんなことを考えつつ、更けていく夜をワインとともに、寝るしかないです。
アテ・アマニャン!

この記事へのコメント

拙者
2011年03月07日 23:51
 今日はなかなかヘビーなテーマですね。初春とは言えまだまだ寒さを感じるポルトガルだから,「トイレの神様」のセンチメンタリズムが浸みるのかもしれませんね。お子さんたちと離れてもう2年が経ちますね。でも,離れているからこその愛情の深まりもありますよ。夏の休暇が楽しみですね。
 ぼくの方は,3年間の島流し(虎の穴?)から生還して1年が経とうとしています。やはり,しばらくは子どもたちとの距離を測るのに手を焼きましたが(小学校の先生にもかかわらず…),今では,かえってその時間があったことで仲よくなっていると思います。明日は,上の娘の中学の卒業式です。初めて,自分の子どもの卒業式に行こうと思っています。
マーさん
2011年03月08日 05:22
当方もポルトガルに島流しという表現が合っていると思いましたが、最近は、逆に避暑にでも来ているような感覚になっています。日本の喧騒を離れ、物事を鳥瞰できるような気持ちも少しはあります。今回の重いテーマは酔った勢いもあるので、許してください。しかし、ご家族と一緒に居られるのがうらやましいです。

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